私の顔は長いんだぞ

先日会社の先輩からある話を聞きました。

 

「友達が多い人はライン返す暇がなくて通知がたまる」

 

青天の霹靂。驚天動地。カミナリに打たれたような衝撃でした。

なるほど確かに友達が多ければ連絡がたくさん来るし、そうすれば返信も遅れるだろう。

あとで返そうなんて考えていたとしても、メッセージを一度でも開いてしまえばとめどなく流れ続ける連絡の濁流にのまれて誰に返していないか分からなくなるのでしょう。それ故に返せるタイミングでしか既読は付けず、なかなか返信ができずにいるのではないでしょうか。

 

なるほど・・・。先輩の話を聞き、妙に納得した気分になった私は、通知が常に0の自分の携帯に目を向けました。

 

「ごめんな、友達が少ない持ち主で。もっと通知貯めてみたいよな。」

 

優しく言葉をかけたものの携帯が明るくなることはなく、暗い液晶からは困った顔をした私が覗いているだけでした。私にもっと友達が多ければ、そしてラインの通知をためる程の人間力があれば液晶画面はもっと明るくなり、電池の減りも少なくなるのだろうか。生まれてくる子が親を選べないように、私の携帯もまた持ち主を選ぶことはできませんでした。

 

「ごめんな」

 

恵まれない環境に連れてきてしまった。その負い目から自然に謝罪の言葉が出てきました。

 

「ヴーヴー」

 

私の言葉に応えるように画面は明るくなり、一件のメッセージが届きました。

 

「LINE Pay 新着メッセージ 1件」

 

言葉はいつだって差し出す人と受け取る人双方によって成り立ちます。差し出された言葉は半分しか価値を持たず、受け手が理解することで初めて価値が生まれるのです。携帯が表示したこのメッセージをどう解釈するのかは私が決めることなのです。

 

「ありがとう、携帯。お前なら通知をためられる、そう言ってくれてるんだね。」

 

こんな頼りない持ち主にも優しくしてくれる携帯に私は申し訳なさと嬉しさで心からの言葉が出ました。

 

その日から私は携帯に少しでも恩返しをするべく、極力返事は返さず通知をためる日々を送り続けていました。すぐに返したいという気持ちを必死で抑え、0を1に、そして1を2に、少しずつですが確実な足取りでその数をためていったのです。そんな日々を送っている中、今日のお昼に同期からこんなことを言われました。

 

「お前いい加減返事返せよ。話進まないじゃん。」

 

2度目の青天の霹靂、驚天動地です。私は友達が多いふりをするためにラインを返さなかったのですが、危うく友達を失うところでした。喋るはずもない携帯に語りかけて何をバカなことに時間を使ってんだ。常に味方でいてくれると思っていた携帯が急に憎たらしくなり、お前のせいで、と画面を睨みつけました。しかし当然携帯が謝ることはありません。ただそこには不機嫌な目つきをした顔の長い男がこちらを見つめているだけでした。

 

行き場のない怒りは画面の中の男を見ることで和らぎ、不思議と穏やかな気持ちになりました。友達の多さを競う必要なんてないじゃないか。私は私らしくいればいいし、そんな私を受け入れてくれる人を大切にすればいい。そう思うと画面の男の目は急に優しくなり、にっこり笑いかけてきたのです。なんて優しく笑う人だろう、よく見ればこの顔の長さも魅力の一つと思えないこともありません。そろそろお昼の時間が終わるというころ、男はこちらに目を向けたまま優しい声で私に語り掛けるのです。

 

「何やってんだ俺。」

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